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インタビュー2021年4月15日

リサーチの力で日本を変える!! “知”の結晶「ベーシック・レポート」もっと共有を

バリュークリエイト 佐藤明氏

特定の企業や市場を調査して“真の価値”を導き出す「証券アナリスト」。機関投資家など証券市場にアイディアを提供し続けている彼らだが、近年は人工知能など分析方法の多様化、市場の短期志向化などで、存在意義が揺らいでいるという。

そんな今だからこそ「アナリストと、彼らが生み出すレポートの価値をあらためて評価しよう」と取り組むのが「ベーシック・レポート・アワード」だ。アワードの発起人で、かつては野村証券のアナリスト、現在は「企業価値の創造」をコア事業とするバリュークリエイトの共同創業者である佐藤明氏に、アワードに込める思いを聞いた。

ベーシック・レポートとは、決算速報など短期的な動きではなく企業の歴史や経営理念、属する市場の構造や競合環境などの「調査」から携わり、長期的な視点で、対象となる企業の価値を「分析」した資料のこと。四半期決算のフォローに追われる中でも、示唆に富むベーシック・レポートに対する創作意欲をアナリストたちに高めてもらうため、あるいは、企業や投資家などレポートの読み手、さらにはアナリストが所属する証券会社に対してもベーシック・レポートに対する評価を高めてもらうことを目的に、年に1度、アワードを開催することにした。

昨年12月7日に第3回を迎えたアワードでは、自薦他薦を問わず約60のレポートが集まり、分析の秀逸さや切り口の独自性など様々な観点から9点を表彰した。

窮地に立つレポート、その「価値」を認め合う
ベーシック・レポートは日本を変えるため欠かせない共有財産だ。しかし、誤解を恐れずに言うならば、アナリストが作成するレポートは、現時点では、証券会社にとっての上得意である機関投資家のためのもの。彼らの興味を引くためにアナリストが心血を注いでレポートをしたためるわけだが、機関投資家が知りたいのは分析の内容ではなく「結論」。その株は買いか否か、だ。結論は多く提供するほど喜ばれるため、おのずと、分析の質よりも数を奨励する風潮が、アナリストが所属する証券会社の中では強まっていると聞く。

ベーシック・レポートは窮地に立たされている。逆風の中、それでも踏ん張ってレポートを生み出し続けているアナリストを称えて、その価値を皆が認め合うのが「アワード」であり、ここで共有した「知」に、各自が持つ「知」を上乗せして価値を高め、さらに広げることを目指す。すべての投資家と企業など関係者がこの「知」を共有すれば、日本の証券業界、ひいては資本市場はますます豊かになる。

証券業界の資産「レポート」社会還元すべき!!
当初は機関投資家のものだとしても、一定期間が経過したレポートは共有されても問題ないはずだ。音楽や書物などあらゆるコンテンツに課せられた著作権も永遠ではない。アナリストが丹念にしたためたベーシック・レポートの価値は不変。SMBC日興証券など一部が受賞作品に限って3カ月限定で一般公開に協力してくれたのだが、この動きが他社にも広がってくれることを願う。

アワードは2021年も開催を予定している。アナリストやファンドマネジャーだけでなく、レポートを作成される側、企業からの自薦・他薦も受け付けたい。「こんなに深い分析をしてくれた、多くの人に読んでほしい」といった具合に多くの企業に応募していただけたら「ベーシック・レポート・アワード」は、さらに楽しく有意義なイベントになる。

最優秀賞は「売り推奨」、小学生が「特別賞」
ちなみに2020年の最優秀賞には、大手精密機器メーカーの目標株価を1,400円から800円に引き下げた、いわゆる「売り推奨」レポートが選ばれた。理由は「愛」。執筆者は当該企業を20年以上担当しているがゆえに溢れ出る批判のみならず、具体的な解決策までをキッチリ提示している。特別賞は小学生が受賞した。テーマは「はんこ」。プールの授業を休むためには親からはんこをもらって先生に提出しなければならず「なぜサインはだめなのか?」と疑問に思ったことから、はんこの歴史を紐解くまでに。

「知」の共有、レポートの“基本”に立ち返ろう
ベーシック・レポートの始まりは米国、1970~80年代に活躍したDLJ証券。ドナルドソン、ラフキン、ジェンレットという3人のアナリストが立ち上げた会社が創業初期、GEやGMなどだれもが知っている大手企業に関する数ページ程度の資料が主流だった時代に、注目されていないものの成長余力が高そうな小型株をピックアップ。調査結果を80ページほどの大作としてまとめたものが徐々に広まっていった。

彼らの対象企業は、業績は伸びているのにPERがGMやGEの半分程度。しかし当時はだれも疑問に思わなかった。DLJのレポートが広まるにつれて、対象企業とGM、GEのPERが逆転。良質なレポートのおかげで投資家の視野が広がり、企業の株価が適正化されたのだ。コモンセンス&コモンストック、これがDLJ証券の宣誓文。「普通株に、普通に投資をする」を実践した結果、成長する株のPERは、そうでない株の2倍になる、という現代の常識を立証することができたのだ。

基本に立ち返る――とは言っても、金融市場の在り方、証券会社はビジネスモデルそのものが問われている。非常に厳しい時代。そのような中でアナリストとその作品であるベーシック・レポートの価値を高めるという、われわれの活動を広めることはまったく簡単ではない。しかし、健全な資本市場を維持するためにも、見過ごしている価値そのものをクローズアップするベーシック・レポートは、今よりもっと尊重されるべきだろう。