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トップ記事2021年1月27日

“諸行無常レポート”にアワード最優秀賞 キヤノン「売り推奨」の背景とは SMBC日興証券 桂竜輔シニアアナリストに聞く

年末から春先にかけては各種アナリストランキングの発表される季節。投票を呼び掛けるメールが飛び交うのもこの時期の風物詩と言えるが、そうしたなか一風変わったアナリスト表彰が「ベーシック・レポート・アワード」だ。機関投資家の人気投票などではなく、同業のアナリストがじっくり読み込んで、高い評価を与えたレポートが対象となる。先に発表された第3回アワードで最優秀賞に輝いたのは、SMBC日興証券・桂竜輔シニアアナリスト(写真)が昨年8月31日付で発行した、キヤノン(7751)の売り推奨(投資評価「3」継続)レポート「諸行無常、縮小業界トップ企業のジレンマ」だ。キヤノンと言えば、今月14日の収益増額修正で急伸したことはまだ記憶に新しい。そのキヤノンを「売り」とした真意は。そして今後の展望は…。桂氏に話を聞いた。

――まずは最優秀賞授賞の感想を聞きたい。

「このアワードは書店員の選ぶ『本屋さん大賞』のようなものだと聞いている。アナリストレポートはとかく当たり外れ重視で“消耗品”扱いされがちだが、内容の深さが評価されたことは素直にうれしい」

――3月発表を控えた日経ヴェリタスのランキング(家電・AV機器部門)も直近2年連続2位。今年は首位の目も…。

「高評価を頂いていることは光栄だが、こちらはプロ野球オールスター戦の人気投票のようなもの。意味合いが異なる」

――キヤノンは売り推奨。しかも当時は「(時価の半値以下の)800円目標」を掲げていた。

「主力事業のコピー機やデジタルカメラの市場は向こう3~5年の時間軸でシュリンク(縮小)していく。現在の内外生産拠点数や人員体制は既に売上規模に見合わず、固定費削減が急務となっているが、構造改革に手が付けられていない」

――御手洗冨士夫会長兼社長は6日付日本経済新聞インタビューで、組織の組み換えなどにも言及しているようだが。

「3月にも発表される次期5カ年計画の方向感を示したもので、売上高4兆5,000億円(前12月期実績見込み3兆1,600億円)を打ち出すなど(構造改革よりも)拡大指向が感じられた」

――成長するなら結構なことでは…。近年は積極的なM&Aも進めている。

「商業印刷、監視カメラ、医療機器、産業機器の4分野に進出したが、期待通りの成長とはいかず、買収先に任せる『連邦経営』のため、シナジーも不十分だ。高いプレミアムを払っての買収で、のれん代と無形資産が大きく膨らみ、減損リスクも高まっている」

増額の主因は「テックインフレ」

――そうは言っても、先に大幅増額修正を発表して株価も急伸した。そもそも桂さんご自身も、増額発表1週間前の7日付で業績予想を増額し、小幅ながら目標株価も引き上げたではないか。

「この時は業界8社の見通しを一斉に修正した。増額はキヤノン固有の要因ではない。コロナ禍で、値下げしなくてもものが売れる“テックインフレ”が生じ、また、家電量販店店頭への人員派遣といった販売コストも減少している。セイコーエプソン(6724)やブラザーの生産削減もキヤノンには追い風となった。増額幅は想定以上だったが、これらは一過性の要因だ。むしろ、今年の生産回復を見越してセイコーエプソンの投資判断を2から1に上げた」

――キヤノンも現行の拡大路線偏重を改め、構造改革に真摯に取り組めば、評価は上がるのか。

「7日のレポート(目標株価1,200円)でも、そうなった場合の『ブルサイドシナリオ』は2,400円としておいた」

カギを握るガバナンスの変化

――現状で、なぜそれができないのだろうか。

「ガバナンス体制に課題がある。具体的に言えば、御手洗社長への権限集中だ。在任期間約25年で、最初の10年の実績は素晴らしかったが、その後の15年で企業価値を毀損(きそん)してきたことは厳然たる事実だ。それでも方針を改めようとする気配は見られない。そろそろ次世代にバトンタッチするか、新たな戦略にカジを切るタイミングを迎えているのではないか。キヤノンの株価を見るうえで最大のポイントは『ガバナンスの変化』だろう」

――率直な話は非常に興味深いが、会社側との軋轢(あつれき)などは生じないか。

「厳しいことを指摘するのは変化してほしいとの思いからだ。会社側も(目標株価の水準観はともかく)アナリストのメッセージ発信として認めてくれており、活発なディスカッションを行っている。キヤノンはマーケットに向き合う姿勢を持った“大人の会社”だ」

――キヤノン以外の企業の投資判断などは。

「メインで推奨するのは富士フイルムHD(4901)だ。2008年の富山化学買収で進出したヘルスケア事業がようやく開花するフェイズを迎えた。新規事業進出はそれだけ時間がかかる」

――最後に、アナリストとして心掛けていることは何かあるか。

「『偉大なるアマチュア』でありたい。事業会社の業績予想はするが、実際に経営しているわけではなく、顧客である機関投資家のように運用もしていない。おごることなく謙虚な気持ちで、マーケットを少しでも健全なものにするための役割を果たしていきたい」