証券業界の資産「レポート」を社会に還元
アナリストが執筆した「レポート」は、まさに「資産」。証券業界内にとどめ置くのではなく、広く世に解き放つことで、あらゆるモノの価値を底上げしようという試み、「ベーシック・レポート・アワード」が、今年は12月7日にオンラインで開催された。
「良い」レポートとは? プロの視点・ナレッジを共有
主に証券会社に所属して特定の企業や業界を分析、レポートにまとめて自社の大口顧客、いわゆる機関投資家に提供するのが「アナリスト」。時には企業の経営者とも対話して、その企業が身を置く業界全体に対する知見を深めていく彼らの考察は、投資家や証券関係者のみならず、各種産業界、ひいては経済全体を支えているといっても過言ではない。
重責を担う彼らが心血を注いでしたためるレポートの中には、目にした者に大きな示唆を与えるなど“心を揺さぶる”ものが少なくない。そんなレポートと、執筆者であるアナリストを称えることで経済を底上げ、日本を強くするためのエコシステム構築こそが「ベーシック・レポート・アワード」の目的だ。
第3回となる今年は自薦・他薦レポート約60本から、分析の秀逸さや切り口の独自性で14本をノミネート。「優秀賞」「アカデミック賞」などとして9本が表彰された。
「第3回ベーシック・レポート・アワード」ノミネートレポート | |||
受 賞 | 執筆者/アナリスト名 | タイトル | 所 属 |
― | 小山内譜巳男、チェンカナン、伊藤桂一 | セルサイドによるESGリサーチの探求:ESGリサーチの第一歩として、基礎を整理する | SMBC日興 |
最優秀賞 | 桂 竜輔、花屋 武、徳本進之介、小山内譜巳男 | キヤノン:投資評価「3」継続:諸行無常、縮小業界トップ企業のジレンマ | SMBC日興 |
― | 河野 祥 ほか | 寡占化へのフレームワークを呈示:中国の特有性と投資機会についての考察(7月7日時点) | ゴールドマン・サックス証券 |
審査員特別賞 | 佐久間千那 | 知ってる??はんこってなんで押さなきゃいけないの?~日本のとくべつな文化~ | 千葉県袖ケ浦市立蔵波小学校 |
優秀賞 | 鮫島誠一郎、吉田正夫、倉橋延巨、柳平孝、三村恭祥、永田昌寿、甲斐友美子 | 消費関連「特別定額給付金の支給決定:~「金は天下の回りもの」となるのか?」 | いちよし経済研究所 |
― | 鈴木克彦、水野加奈子 | 丸和運輸機関:アマゾンとの関係は新たなステージへ | みずほ証券 |
優秀賞 | 田中智大、桂竜輔、佐藤有、徳本進之介、花屋武 | メド・テック:バイオCDMO業界最前線:「医薬品製造の水平分業化」で成長期待高まるCDMOビジネス | SMBC日興 |
優秀賞 | 中名生正弘、東佳宏 ほか | テクノロジー「コロナ後も加速するサーバー・データセンター投資とメモリ需要」 | ジェフリーズ証券 |
― | 原貴之、菊池悟、前田栄二、金森都 | 金融サービス:決裁の新潮流(3):ウォレットを中心にした経済圏の形成」 | SMBC日興 |
アカデミック賞 | 三上奈央樹 | 再成長型MBOのメタモルフォーゼ戦略について | 東京理科大学経営学研究科技術経営専攻(MOT) |
審査員特別賞 | みずほ証券および日本投資環境研究所 | 資本市場リサーチ | ー |
― | 宗像陽、佐久間章人 | ゲーム/エンターテイメント「IP価値拡大の鍵はメディア・ミックス戦略にあり:エンタメ8社の調査を再開・開始 | ゴールドマン・サックス証券 |
優秀賞 | 森田正司 | ゲーム・レジャー業界「デジタルファーストへ:~そして、DXの第三段階へ~」 | 岡三証券 |
優秀賞 | 柳平孝 | ドラッグストア業界「嵐の前の静けさ?~ドラッグストア業界の再編加速の可能性:「都市型・化粧品強化・カウンセリング重視型」の復権と大規模再編の行方」 | いちよし経済研究所 |
※レポートは執筆者(代表者)五十音順。「所属」はレポート発行当時 |
最優秀賞は「売り」推奨レポート?! キヤノンへの愛が溢れる提言
最優秀賞は『キヤノン:投資評価「3」継続:諸行無常、縮小業界トップ企業のジレンマ』。多くのレポートが特定企業や業界を分析、競合対比での優位性を浮き彫りにすることで投資のヒントを機関投資家らに提示することを目的とするが、このレポートは「投資評価3」と「売り」を推奨。さらには「時代の変化速度に、経営の対応速度が間に合わず、大きな曲がり角を迎えている」などと、経営者や組織体制へのダメ出しにまで踏み込んでいる。
目標株価を1,400円から800円に引き下げたレポートが最優秀賞となった、その理由は「愛」。執筆者である、日興SMBC証券の桂竜輔アナリストはキヤノンを20年以上担当。「超優良企業ではなく盛者必衰となるリスクが高まっている」と痛烈に批判しながらも、「同社の企業価値が最大化されることが最も理想であり、そうあってもらいたいと常に願っている」とエールを送りつつ、「経営理念や多角化・国際化といった経営戦略には大いに賛同するものの、達成するための経営計画の在り方や実行戦術については再考する余地があるだろう」として具体的な解決策をキッチリ提示している。
特別賞は小学生!! 身近な疑問「はんこ」を掘り下げる
本アワードの対象は「レポート」であり、実は、執筆者を証券会社のアナリストに限定してはいない。そんな趣旨のもとで特別賞に選ばれたのが、千葉県の小学生による作品だ。
テーマは「はんこ」。プールの授業を休むためには親からはんこをもらって先生に提出しなければならず「なぜサインはだめなのか?」と疑問に思ったことがきっかけ。はんこの何が重要なのか、気になって探してみたら家の中に10個あったよ、そういえば印鑑と何が違うの?など、湧き出た疑問を、はんこメーカーに出向いてヒアリングしたり、世界の中で唯一、日本以外ではんこ文化が残る台湾の人にも聞いてみたりと、ひとつのテーマを納得のいくまで深堀りしていく姿勢は、すべてのレポート執筆者の参考になりそうだ。
本稿で紹介した2本を含めたノミネート・レポートのいくつかは、発起人の佐藤氏が代表を務めるバリュークリエイトのウェブサイトで閲覧が可能。3カ月程度と期間限定のため気になる方は早めにチェックしていただきたい。
https://www.valuecreate.net/news/