ネット通販の送料や宅配便の運賃が上昇するなか、物流業界は値上げによって収益を改善できる局面に入ったように見える。しかし、運賃の上昇がそのまま物流会社の利益増加につながるわけではない。
象徴的なのが、宅配便最大手のヤマトホールディングス(9064・P)である。同社の営業収益は2023年3月期の約1兆8,007億円から、2027年3月期の会社予想で1兆9,180億円へ増加する見通しだ。一方、営業利益は約601億円から420億円へ減少する計算になる。
売上という袋には、運賃改定や事業拡大による収入が入る。しかし、その一部は人件費、外部委託費、燃料費、設備維持費などとして流れ出ていく。この構造を「運賃の目減り袋」と呼ぶことができる。
物流企業の収益力を判断するうえで重要なのは、運賃をいくら引き上げたかではない。増えた売上のうち、どれだけを利益として残せたかである。
増収しても回復しない営業利益率
ヤマトの業績を時系列で見ると、収益構造の変化が鮮明になる。
| (百万円) | 2023/3 | 2024/3 | 2025/3 | 2026/3 | 2027/3(予) |
| 営業収益 | 1800668 | 1758626 | 1762696 | 1865675 | 1918000 |
| 営業利益 | 60085 | 40059 | 14206 | 28304 | 42000 |
| 営業利益率 | 3.3% | 2.3% | 0.8% | 1.5% | 2.1% |
2023年3月期の営業収益は1兆8,006億円、営業利益は約601億円で、営業利益率は3.34%だった。その後、2025年3月期には営業収益が1兆7,627億円、営業利益が142億円となり、利益率は0.81%まで低下した。
2026年3月期には営業収益が1兆8,657億円、営業利益が283億円に回復したものの、利益率は1.52%にとどまった。2027年3月期の会社予想でも2.19%であり、2023年3月期の水準には届かない。
ただし、回復の兆しも確認できる。
2025年3月期の実績と2027年3月期の会社予想を比較すると、営業収益は約1,553億円、営業利益は約278億円増加する。増収額に対する営業増益額の割合、いわゆる増分利益率は約18%となる。
これは、追加的な売上を利益に変える力が改善する計画であることを示す。ただし、この計算には運賃改定だけでなく、取扱数量の変化や事業構成の見直しなども含まれる。値上げによる利益の残存率そのものを示す数字ではない。
「2024年問題」が変えた物流のコスト構造
物流業界の収益構造を考えるうえで欠かせないのが「2024年問題」である。
2024年4月から、トラックドライバーにも年間960時間の時間外労働の上限規制が適用された。併せて拘束時間や休息期間に関する基準も厳格化され、長時間労働を前提とした輸送体制の見直しが求められるようになった。
国土交通省は、対策を講じなければ2024年度に輸送能力が約14%、2030年度には約34%不足する可能性があると推計していた。これは対策を行わなかった場合の試算であり、実際に同規模の不足が発生したことを意味しない。
問題の本質は、ドライバーの労働環境を改善しながら輸送能力を維持するには、従来以上の効率化や適正な運賃収受が必要になることである。
運送会社が人材確保のために賃金を引き上げ、協力会社への委託単価も上げれば、運賃収入の増加分は吸収される。値上げは利益拡大の手段であると同時に、サービスを維持するための必要条件にもなっている。
ヤマトの決算が示す値上げ効果の限界
実際にヤマトの2026年3月期決算説明資料を見ると、値上げの効果と費用増加の関係が具体的に分かる。
同社によれば、プライシングの適正化は営業利益を297億円押し上げた。一方、物価上昇や協力会社を含む人的投資による影響は215億円の減益要因となった。
さらに、オペレーティングコストの適正化による増益効果は2億円にとどまった。当初は100億円の効果を見込んでいたが、荷物量の下振れに合わせた人員・設備の調整が遅れたことなどが響いた。
つまり、価格改定には確かな効果があった。しかし、数量変動に応じてコストを柔軟に減らせない構造が、利益率の改善を妨げたのである。
物流網には、荷物が少ない日でも維持しなければならない拠点や車両、人員が存在する。需要が想定を下回っても費用が同じ割合で減るとは限らない。
この費用の下方硬直性こそ、運賃の目減り袋に開いた穴の一つといえる。
設備投資と財務戦略は収益改善につながるか
物流会社が利益率を改善するには、運賃改定だけでなく、輸配送ネットワークそのものの生産性向上が必要となる。
ヤマトの設備投資額は2025年3月期に846億円、2026年3月期には694億円だった。拠点の効率化やデジタル技術の活用は、将来の費用削減につながる可能性があるが、投資効果が実際に利益として表れるかを見極める必要がある。
財務面では、2026年3月末の有利子負債が1,960億円となり、前年末の1,737億円から増加した。自己資本比率は46.5%から44.6%へ低下している。
ただし、同時点で現金及び現金同等物は約2,378億円あり、有利子負債を上回っている。負債の増加だけをもって財務危機と判断することは適切ではない。
注目すべきは、借入金や保有資産から生まれる資金を、どれだけ資本効率の高い事業に配分できるかである。
同社は2026年3月期、宅急便を中心とするエクスプレス事業で約22億円のセグメント利益を計上した。同事業の営業収益は内部取引を含め約1兆5,995億円に達するが、利益率は極めて低い。
大きな売上基盤を持ちながら十分な利益を生み出せていないことが、グループ全体の収益改善に向けた課題となっている。
日本通運系と西濃系では何が違うのか
物流企業の収益構造は一様ではない。
日本通運を傘下に持つNIPPON EXPRESSホールディングス(9147・P)は、国内輸送だけでなく国際貨物輸送や倉庫・物流関連事業を幅広く展開している。
2026年12月期上期の売上収益は約1兆3,566億円、営業利益は約448億円となり、前年同期比でそれぞれ6.7%増、56.7%増となった。
ただし、同社は12月決算で国際会計基準を採用しており、ヤマトとは事業構成も会計基準も異なる。利益率や株価の差を、そのまま国内宅配便の競争力の差と解釈することはできない。
一方、西濃運輸を傘下に持つセイノーホールディングス(9076・P)は、企業間の貨物輸送を中心とする特別積合せ貨物運送、いわゆる「特積み」に強みを持つ。
2026年3月期の売上高は約8,130億円、営業利益は約376億円となり、営業利益率は前期の4.1%から4.6%へ改善した。
同社によれば、特積みの単価改善に加え、運行便の効率化が増益に寄与した。傭車・外注費などの増加があったものの、適正運賃の収受による売上拡大が費用増を上回った。
ただし、連結業績にはMDロジスの買収による連結効果も含まれる。同社を除いたベースでも営業増益となったことは、既存事業の改善を評価するうえで重要な材料である。
物流株の評価を分ける「増分利益率」
これらの決算を比較すると、物流企業の業績を左右するのは運賃の引き上げ幅だけではないことが分かる。
重要なのは、価格転嫁、輸送効率、外注費の管理、事業構成の四つがどのように組み合わさっているかである。
宅配便のように全国規模の配送網を維持する事業では、取扱数量の変動が利益を大きく左右する。一方、法人向け輸送や国際物流では、契約条件、貨物の種類、提供する付加価値などによって収益構造が異なる。
株式市場での評価にも、こうした事業特性に加え、将来の成長期待や資本政策が反映される。ただし、株価の変動だけから運賃改定の成否を判断することは難しい。
投資家が確認すべきなのは、売上増加額に対して営業利益がどれだけ増えたか、そしてその改善が一時的な資産売却や買収効果ではなく、継続的な事業収益から生まれているかである。
値上げの次に問われる経営力
物流業界の運賃改定は、長年の人手不足や労働環境の改善、輸送網の維持という課題に対応するための取り組みである。その意味で、運賃の上昇を単純に物流会社の利益拡大と結びつけることはできない。
しかし、値上げで確保した収入を生産性向上に振り向けられれば、収益構造を改善する余地はある。
今後の焦点は、適正な運賃収受を続けながら、荷物量に応じた人員配置、拠点の再編、積載率の改善、デジタル技術の活用をどこまで進められるかにある。
運賃を上げるだけでは、目減り袋の穴は塞がらない。
物流企業の真の競争力は、増収分を持続的な利益へ転換する力によって測られる。その成果が決算数字に表れたとき、運賃値上げの評価も初めて定まるのである。
